ジャポニスム2018|Japonismes 2018

浅見真州、野村萬、梅若実
左から浅見真州、野村萬、梅若実

インタビュー
2018/11/13

本格的な能舞台をパリに再現。出演の野村萬氏、梅若実氏、浅見真州氏ほか関係者による「能楽」公演に向けてのそれぞれの思い

 国際交流基金、日本経済新聞社、フィルハーモニー・ド・パリは、「能楽」公演を2019年2月、パリ19区にあるシテ・ド・ラ・ミュージックで開催します。
 フランスにおける日本文化への関心をみるとき、650年余りの歴史・伝統に培われた日本文化の精髄である「能楽」への畏敬の念はひときわ高いものがあり、彼らの知的探究心を発揮させてきました。一方、これまでの能楽海外公演では、独特の舞台構造など様々な“障害”により、本来の能楽の魅力を十分に紹介しきれていなかったことも事実です。
 今回は、出演する能楽師をはじめ、屋根付きの本格的な能舞台、演目、組織などすべてにおいて、日本国内で行っている能楽公演と比べて、遜色のないレベルの公演がパリで実現します。
 能楽の殿堂ともいえる東京・国立能楽堂に、今回の主な出演者である野村萬、梅若実、浅見真州の三師ほか関係者が集まり、パリ公演に向けてのそれぞれの思いなどを語ってもらいました。

野村萬

野村萬:1957年、欧州で初めて行われた狂言の公演に参加して以来、数多く欧州で公演を行ってきました。国際交流基金の安藤裕康理事長と、今回の「ジャポニスム2018」で、能楽をどのように位置づけ、どのような内容にすべきかを話し合いましたが、浅見真州さんと私たちがこれまで10回以上積み重ねてきた「日経能楽鑑賞会」という土台があるのだから、これを出来るだけ今の形で持っていこうということになったのです。初めての欧州公演以来、60年経って、まさかこのような本格的な能楽公演が実現するとは思っていませんでしたので、本当に私としてはありがたいチャンスです。まずは健康に留意して心して掛かりたい。私は日本芸能実演家団体協議会という、ジャンルを越えた芸術の実演家全体を束ねる会長も務めていますが、今回の「ジャポニスム2018」では、欧州の方々に、貴族、武士、庶民を含めた昔から現代に至る日本の文化に根ざす喜怒哀楽が、私たちの舞台にどのように投影され、骨格として成り立っているかに着目していただきたいと思っています。

梅若実

梅若実:今年2月、四世梅若実を襲名しました。江戸時代は幕府のお抱えとして身分が安定していた能楽師たちが明治維新後、後ろ盾をなくしていたときに能の復興に尽力したのが私の曽祖父、初世梅若実です。初世の足跡を見ると、お雇い外国人のアーネスト・フェノロサに稽古をつけるほか、海外への能の紹介にも非常に熱心な人だった。その血筋が私にも流れているのでしょう。数多くの海外公演も行っています。今回の私の曲目「清経」は以前、フランスでもやったことがあると記憶しています。屋外の会場で大雨が降って大変でしたが、お客様は一人も途中で席を立たれないのがとても印象的でした。新作能「空海」を持っていったこともあります。いずこでも古典のほうが好まれるのでしょうが、僕としてはどうしても「空海」をフランスでやってみたかったのです。上演中、舞台から見ていると、お客様の腰が音に合わせて動いているのが判りました。これは初めての経験でした。後で現地の方に聞くと「古典だけでなく新作も見るべきなのだなと実感した」と仰っていただいて、本当にフランスでやって良かったという思いがしました。

浅見真州

浅見真州:能楽が初めて海外公演を行ったのが約60年前。それ以来多くの能楽の海外公演が行われ、私も幾度となく参加しましたが、本当の意味で「能楽」を伝えなければいけないと、かねてから思っていました。能の基本である舞台の経費が制約され、本格的能舞台を現地で作ることができない、持っていけないのが一番の要因だと思うのですが、此の度は、単なる海外公演ではなく、日仏の国家間のプロジェクトである「ジャポニスム2018」の一環ということで、多くの皆様のお力を借りて本格的能舞台を持ち込んで上演できる運びとなりましたことは誠に喜ばしい限りです。予定する演目としてはまず、能の根本、ルーツである「翁」をきちんとした形で海外のお客様の前に提示したいという気持ちがありました。「清経」は梅若実先生がパリで上演し大変な思いをされた思い出の曲。「砧」は1976(昭和51)年、仏の名優ジャン・ルイ・バローが主宰したパリ・オルセー劇場での「世阿弥座」公演で、私の師である故・観世寿夫が舞い、驚く反応でございました。この2つはいずれも世阿弥の傑作。「葵上」は源氏物語を典拠とし、海外公演でも非常に人気が高いと聞いています。また野村萬先生にご出演いただく「木六駄」「二人袴」はいずれも上演時間40分前後と、狂言としては大曲の部類に入る実に見ごたえのある喜劇です。これらの番組を、このメンバーで、5日間で2回ずつ6回の演能というのは日本ではまずありえない。しかも繰り返しになりますが、これまで通例であった劇場のステージの上に所作台を敷いただけの舞台ではなく、屋根付きの本格的能舞台を日本から持ち込んで現地で組み立てるという、いまだかつてないレベルの公演です。日本から乗り込んでいく我々、お迎えいただくフランスの方々すべての意気込みが伝わるイベントになると思います。

西野春雄

西野春雄(監修・文芸:法政大学名誉教授):私は今回の能楽公演の上演前に放送する案内や字幕など文芸を担当しています。字幕についてですが、狂言の場合は会話劇なので、逐語的なフランス語字幕をつける予定です。会話の中で笑いを誘う狂言の妙をフランスのお客様にも味わっていただきたいからです。一方、能はセリフ劇というよりは歌舞劇、音楽劇であり、その場面、場面での抽象的な所作などによって表現することが多いので、文字として表すのが難しい。能楽師は、その一瞬のわずかな動きで何を表現するか、全身全霊をこめて舞っている。これまでの日本国内や海外での字幕付公演では、その肝心なときに字幕に眼を奪われて見逃されることが多かった。これは観る方、演じる方双方にとって残念なことです。「今、こういう世界が進行している」ことを出来るだけ簡潔な表現で字幕にしていこうと思っています。そのうえで、目と耳を研ぎ澄ませて舞台に集中していただきたいと思います。

エマニュエル・オンドレ

エマニュエル・オンドレ(フィルハーモニー・ド・パリ 公演ディレクター):日経のご助力を得て、日本の伝統芸能をパリで紹介できることは、このうえない名誉と喜びです。フランスだけではなく欧州全体が、100年近くこのような機会を待ち望んでいた舞台を今回パリに持ってきていただけることに感謝申し上げたい。会場となるシテ・ド・ラ・ミュージックは1995年に建てられたホールです。隣のフィルハーモニー・ド・パリは2015年に建てられました。いずれも新しいホールですが、1世紀近く続く伝統芸術を開催することもあれば、現代の新作を上演することもある。モダンと伝統の融合が特徴です。その象徴が今回の能楽舞台だと思います。ここで能楽を上演するのは初めてなので、今から楽しみです。
 フランスでも過去何度か能公演が行われているので経験値の高い人もいるでしょうが、まったく未経験の方が大部分でしょう。能というのは何か「神」に近いものとして受け止められているように思う。非常に抽象的な世界、遠くにある存在というのが一般のフランス人にとっての「能」だと思います。
 私は音楽学者として世界のハイレベルの音楽を教えているが、「能」に関していえば「声」の音域であるとか、「リズム」の刻み方が他のどの音楽にも属さない。あらかじめ学んで、あらすじやセリフがわかったとしても、それと実際に見るシンボリックなものがかみ合わない。今回、一流の能楽師が日本で行われているそのままの形式で上演してくれることは、その謎を解くひとつのチャンスになるのではないか、と思っています。

2018年2月27日(火)東京・国立能楽堂で収録
インタビュー、文、写真:日本経済新聞社

 

左から浅見真州、野村萬、梅若実  以上、協力 国立能楽堂

野村萬

和泉流狂言方
 故六世万蔵(人間国宝)の長男として、1930年東京で生まれる。父に師事。4歳にて「靱猿(うつぼざる)」の子猿の役で初舞台を踏む。1957年、パリ国際演劇祭渡欧能楽団の一員として海外公演に初参加以来、各国各地域における公演は優に十指を越え、狂言を海外に広く紹介、普及に努めた。1993年、七世万蔵を襲名、翌94年、紫綬褒章を受章。1997年、重要無形文化財保持者各個指定(人間国宝)の認定を受ける。2000年、七世万蔵改め、初世萬を名乗る。翌01年、日本芸術院会員。2005年、東京都名誉都民の称号を受ける。2008年、文化功労者の顕彰を受ける。(公社)日本芸能実演家団体協議会会長。名誉都民。

野村萬

梅若実

観世流シテ方
 1948年、五十五世梅若六郎の嫡男として生まれる。1951年、3歳で「鞍馬天狗」にて初舞台。1979年、観世流梅若六郎家当主を継承。1988年、五十六世梅若六郎を襲名。1980年の芸術祭優秀賞、1987年の芸術選奨文部大臣賞、1996年の観世寿夫記念法政大学能楽賞、1999年の讀賣演劇大賞優秀賞、日本芸術院賞ほか受賞多数。2006年、紫綬褒章受章。2007年、芸術院会員就任。2014年、重要無形文化財各個認定(人間国宝)を受ける。2018年2月、四代梅若実を襲名。

梅若実

浅見真州

観世流シテ方
 1941年、観世流能楽師、故浅見真健の五男として東京に生まれる。4歳の時に「雲雀山」の子方で初舞台を踏み、幼少期は父の指導を受けるも、今なお不世出の名手とうたわれる故観世寿夫の強い影響を受け、籍を銕仙会に移して愛弟子として薫陶を受ける。初シテは1957年、16歳の時に「敦盛」を勤める。2000年、第21回観世寿夫記念法政大学能楽賞受賞。2005年、秋の紫綬褒章受章、芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2011年、秋の旭日小綬章受賞。2013年、日本芸術院賞受賞。現代を代表する名手として、国内外で「名曲」「大曲」の名舞台を残すのみならず、古典の復曲や、新作や実験的上演にも極めて積極的に取り組んでいる。

浅見真州

西野春雄

 1943年生まれ。能楽研究者。法政大学名誉教授。法政大学文学部教授・能楽研究所所長・楽劇学会会長を歴任。専門は日本中世文学・能楽研究。能楽の総合的研究に多くの業績を上げ、能楽研究をリードしている。特に廃絶曲の解読や復曲・新作にも意欲的に取り組み、復曲能「当願暮頭(とうがんぼとう)」「雪鬼」「松山天狗」「常陸帯」「鐘巻」「実方」、新作能「草枕」「ジャンヌ・ダルク」の能本を作成した。共・著著に『能の作者と作品』『謡曲百番』『能・狂言・風姿花伝』『能面の世界』『世阿弥』『能の囃子事』、共編に『能・狂言事典』、補訂に丸岡桂『古今謡曲解題』など。

西野春雄

エマニュエル・オンドレ

 フィルハーモニー・ド・パリ/シテ・ド・ラ・ミュージック公演ディレクター。パリ国立高等音楽・舞踊学校で学び、音楽史学、美学、音楽学でそれぞれPremier Prix(最優等)を取得。2001年、トゥール大学で博士号を取得。仏英現代音楽協会、仏独現代音楽協会(Impuls)、仏米文化交流協会など、数多くの団体のメンバーとして活躍するほか、審査員として国際的な声楽コンクールや上海アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクールにも招かれている。

エマニュエル・オンドレ