ジャポニスム2018|Japonismes 2018

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コラム

ジャポニスムがきた

作家
原田マハ

 パリ通いを始めて、かれこれ10年になる。
 美術史をもとにフィクションを紡ぐスタイルで「アート小説」なるものを書き続けているのだが、私自身、もっとも興味をもっているのが19世紀後半から20世紀前半にかけて、フランス・パリを舞台に繰り広げられた芸術家たちの変革である。のちにモダン・アートの巨匠と呼ばれるようになる画家たち――モネもゴッホもマティスもピカソも、初めのうちは見向きもされず、それでも自らの信念を貫いた結果、いまでは世界中で愛される存在となった。彼らの作品は、いうまでもなく、パリの美術館各所に所蔵されている。パリにいて小説を書いていると、ふと思い立って美術館に出かけ、本物の作品と対峙することができる。この喜びは何物にも代え難かったので、とうとうアパートを借りて書斎を持ってしまった。最近はひと月おきに、この場所で物語を書くために、せっせとパリ・東京を往来し、「思い立ったら美術館」を続けている。
 モダン・アートの巨匠たちの実話をもとに小説を書くようになって、彼らがいかにして「まったく新しい美術」のめざめを体験したかを繰り返し調べた。すると、彼らの多くが日本の美術に触発され、それまでとは違った表現方法を見出したのだということがよくよくわかってきた。
 たとえば、モネやゴッホが浮世絵に影響を受けたことは一般的に知られている。私ももちろん知ってはいたのだが、ではどうして19世紀のある時期に印象派やそれに続く画家たちがこぞって日本美術に影響を受けたのか、深く考えることはなかった。
 この史実は、19世紀半ばに日本が鎖国を解いて世界デビューを果たしたことに直結している。日本が公式にフランスにおいて姿を表したのは、日仏修好通商条約締結(1858年)以降のことであり、その後、パリ万博(1867)で日本の美術工芸品が紹介され、日本ブーム、つまりジャポニスム旋風が巻き起こった。
 19世紀後半のわずか半世紀に満たないあいだに、印象派、後期印象派、それに続くモダン・アートの数々の変革が起こったわけだが、この時期は3回に渡って開催されたパリ万博を通して日本美術が紹介された時期とぴったり重なっている。新たな表現を日々模索していた新進気鋭の画家たちの目に、日本美術はどれほど新鮮に映ったことだろう。彼らは日本に熱狂し、日本美術の表現法や手法を積極的に自らの創作に取り入れた。その結果、モダン・アートが萌芽したといっても過言ではないだろう。
 いまから160年もまえの出来事ではあるが、パリに滞在していると、日本にとってフランスがいまでも特別な存在であるのと同様、フランスにとっても日本は特別な存在なのだと感じることがしばしばある。私を含め、多くの日本人にとってフランスとは文化・芸術の面では憧れの対象なのではないかと思うが、フランス人にとっても日本は驚きに満ちたワンダーランドというイメージがあるのではないか。美術はもちろんのこと、デザイン、映画、漫画、アニメ、モード、食…等々、多くのフランス人が日本の文化に興味をもっているし、その質の高さを理解している。いまだにジャポニスムの夢は醒めやらず、モネやゴッホ(ゴッホはオランダ人だが)のように日本に憧れている人々も数多くいるだろう。だから、昨年が日仏友好160周年記念の「ジャポニスムイヤー」であると知ったとき、私にはその呼称が不思議なくらいしっくりきた。

 

国宝〈風神雷神図屏風〉 俵屋宗達筆 京都・建仁寺蔵 江戸時代 ©Graziella Antonini

 

 さて記念のジャポニスムイヤーで、昨年から今年にかけて日本文化を紹介する数々の展覧会やイベントが開催されている。パリに拠点をもつクリエイターの端くれとして、また160年まえのジャポニスムブームの時代を小説に書く者として、日本文化があらためて脚光を浴び、多くのフランス人やパリを訪れた人々に親しんでもらえるのは、ことのほかうれしい。なかでも、国宝「風神雷神図屏風」のヨーロッパ初展示となった展覧会「京都の宝―琳派300年の創造」を見ることができたのは、私自身にとって貴重な体験となった。
 私は一昨年から昨年にかけて、京都新聞を初めとする地方各紙で「風神雷神」という題名の連載小説を寄稿した。少年時代の俵屋宗達が主人公である本作を1年半に渡って執筆したので(その半分以上はパリで書いた)、「風神雷神図屏風」がパリにやってくることは大きな驚きであり、望外の喜びだった。日本人なら誰でもすぐに思い浮かべることのできる、日本画の中でも最も有名なあの作品に、まさかパリで対面することになろうとは……想像もしなかった僥倖である。
 オープニングの日に駆けつけたのだが、自分の身内の晴れ姿を見る思いで、誇らしいことこの上なかった。多くの来場者があの稀代の傑作を間近に見て感嘆しているのを目の当たりにし、ひとりで微笑んだりうなずいたりしていた。ジャポニスムがきた、どこにきた、パリにきた!と小躍りしたい気分であった。
 この21世紀のジャポニスムイヤーをきっかけに、新たなアートのムーヴメントが巻き起こるのではないかと私は密かに期待している。そう、少なくともひとりのクリエイターに変革は訪れた。――私に。

原田マハ

 東京都生まれ。美術館キュレーターを経て06年作家となる。『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞、『リーチ先生』で新田次郎文学賞受賞。19世紀末のジャポニスムを背景に画商林忠正とゴッホ兄弟の心の交流を描いたフィクション『たゆたえども沈まず』を執筆。