ジャポニスム2018|Japonismes 2018

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映画『FOUJITA』より ©2015「FOUJITA」製作委員会

コラム
2019/03/07

『FOUJITA』上映 2年がかりで得られたフランスでの反応

映画監督
小栗康平

 『FOUJITA』が「ジャポニスム2018」で上映された。日本では2年前にすでに公開されている作品だが、フランスでは合作相手だったプロダクションが倒産するなどして配給の手はずが整わず、これがパリでの実質的なお披露目となった。パリ日本文化会館大ホールのチケットは早々にソールドアウト、当日はキャンセル待ちの列ができていた。キャスト、スタッフも首を長くして待っていてくれたようで、熱い上映会となった。
 同じ会館で「藤田嗣治:生涯の作品(1886 – 1968)」展が開催されていた。フジタの画業を通史として捉えようとした展示である。「作戦記録画」が2点入っている。フジタの戦争画である。
 ほとんどのフランス人がこれを知らない。

 

パリ日本文化会館での「藤田嗣治:生涯の作品(1886 – 1968)」展の様子 ©Hiroyuki Sawada

 

 「作戦記録画」は戦後、GHQによって接収された。ところがこれらの画がプロパガンダなのか芸術なのかの判断がつかないまま、長くアメリカで眠ったままになっていた。「無期限貸与」という奇妙な形式で日本に戻ったのは1970年のことである。日本国外で原画が公にされたのは今回のフランスが初めてだった。
 『FOUJITA』は、エコール・ド・パリの寵児となった1920年代のフジタと、敗戦前の日本に戻って「作戦記録画」を描き続けたフジタとを並置している。フジタは2つの時代を跨いで、絵画的な手法も生き様も驚くほどの落差を見せた人だったが、そのフジタが生涯を貫いて深く呑み込んだものがなんであったのかは、そう簡単に解きほぐせない。
 「ジャポニスム」は日本趣味なるものの一方的なヨーロッパへの流れ込みではない。寄せて返す波があり、日本人がヨーロッパと出会っていく、その苦闘の表れでもある。

 

映画『FOUJITA』より ©2015「FOUJITA」製作委員会

 

 フランスでの映画の受け止め方は様々だった。ただ一様に、深い驚きを持って接してくれてはいたようである。上映後のティーチインで質問というか、こんな意見があった。見たことのない文体の映画で、自分が理解できているかどうかは分からないが、あなたが大きなリスクを冒して手にされようとしていることは、はっきりと伝わってきた、と。
 撮影中にスタッフがよく私にこう質問していた。オグリはロングショットでカメラを動かさない、人物のクローズアップも撮らない、なぜか。私は、日本語ではこういう言い方がある、と話をする。「鐘の音が聞こえている」。このとき主語は明示されていない。だれがどうしたかを云々するよりも、「場の全体」を日本文化は大事にする。もちろんこんな説明では伝わらない。この後、上映はパリ市内のアルルカンという映画館に移った。

小栗康平

 映画監督。1945年群馬県生まれ。1981年『泥の河』(原作・宮本輝)で監督デビュー。アメリカアカデミー賞外国語映画部門ノミネート。1984年『伽倻子のために』(原作・李恢成)でジョルジュ・サドゥール賞受賞。1990年『死の棘』(原作・島尾敏雄)カンヌ映画祭で、グランプリカンヌ1990と国際批評家連盟賞をダブル受賞。1996年『眠る男』。2005年『埋もれ木』。2016年『FOUJITA』。

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